ネクストビジョン


こんにちは。株式会社ネクストビジョン 社長のありまです。普段仕事をしてて思いついたことや役立ちそうなことをレポートします。
by hoehoe5963
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ネクストビジョン
広島の社長TVインタビュー

有馬 猛夫
株式会社ネクストビジョン
代表取締役社長
IT系の専門学校で11年間教壇に立った経験を生かし、1999年ネクストビジョン設立。広島発ITベンチャー企業として製品開発・サービスの提供を行う。2006年広島市企業診断優良企業賞受賞。2008年マイクロソフト社と広島市によるITベンチャー支援企業として中国地方で初の選定企業となる。
HIA-(一社)広島県情報産業協会 会長、ANIA-全国地域情報産業団体連合会 副会長、HiBiS-広島インターネットビジネスソサイエティ協議会 副会長


使い慣れた紙帳票がiPadの電子帳票に<ConMas i-Reporter>


iPhoneを多機能ハンディターミナルにする iSMART


CMSで売上アップ・次世代CMS“HeartCore(ハートコア)”


社内の情報資産管理システム“CincomECM”


情報セキュリティ・メールアーカイブシステム『ログキューブ』


内定者コミュニケーションツール
< スタートラインSNS >


株式会社ネクストビジョン


株式会社ネクストビジョン採用情報
以前の記事

30年前のパソコン指導

ネクストビジョン ありまです。
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かつて、パソコン指導をしていたころの話です。
(写真は17年前の私です(*^^*))

ある日の生徒と講師との会話です。
「先生、マウスがこれ以上右にいかないんですが、ど、どうすれば・・」
・・・・「マウスを持ち上げたらいいんですよ。(^o^)丿」

「先生、ボタンを押しても電源がはいらないんですけど!」
・・・・「あ~それはフロッピーを取り出すときにつかうボタンですよ。(^_^;)」

「先生、と、とっ突然画面に旗みたいなのがあ!」
・・・・「えっ!あぁそれはスクリーンセーバーですよ(-_-;)」

「先生、ダブルクリックがぁ~」
・・・・「ゆっくりですよ。おちついてね。」

「先生、やっぱりダブルクリックできませんよお~」
・・・・「おかしいなあ ん? あっ!
     左右のボタン両方同時に押してますよ!(*_*)」 

なんてことが昔は良くありましたが、皆さんも思い当たる方いませんか?
最近はそういったやりとりがずいぶん減ってきました。

生徒の皆さんは結構入力も速くなってきていますし、既に基本的なことは
わかっているということは多いですね。
でも思うのに、なんとも初心者を惑わさせることの多いいことです。たとえば・・・

「パソコン"終了"するのに"スタートボタン"を押す」
・・・・良く考えたら終了するのにスタートなんておかしいですよね。・・・

「"~"を入力するのに"~"の印刷されているキーを押しても出てこない」
・・・それならなんで印刷してあるの?・・・・

「不正な処理をしたため強制終了いたします」
・・えっ、私がどんな不正をしたってゆうのぉ?・・・・

これは昔、本当にあった話です。
いまから約三十年前、1980年代の終わりごろ、まだ私は学生で、アルバイトでインストラクターをしていたときのことでした。

私は指導経験もまだまだ未熟でしたが、ある企業のパートの中高年の女性社員の方々相手に
パソコンの取り扱いの指導をしていました。
何よりも20歳そこそこのひよっこの私が、経験も年齢も随分と年上の方々を相手に講義するのですから
それはそれは緊張のおももちで講義をすすめていました。

当時まだパソコンといえば随分高価で故障もしやすいのですが何よりも大きな重たいボディが特徴でした。
講義中、突然、受講生の一人の女性が、その大きな重たいパソコンを抱えてガタガタ窓の方に動かしはじめられましたのです!
普段から真面目なおばちゃんなのに、突然そんな思いがけない行動をされて、何よりも慌てました。

「○○さん!なっ何をしてるんですかぁ!」
「え~、だって・・・」

見るとパソコン画面には・・・『環境をセットし直してください。』
と表示されていました。

女性いわく
「ここは日当たりが悪そうなので窓の方がいいのかと思って・・」

!!!!

今となっては笑い話ですが、当時の私としては、
『そうか!初心者とは何をしでかすかわからんものなのだなあ』
と強い印象と同時に恐怖が残った事件でした。

 わかってる人や慣れている人なら、固定概念もあって感じないことですが、
初心者の方の感性は子供の用に新鮮で、逆に"はっ"と思わせられることもあります。
パソコンに慣れた者の見方での指導ではなく、初心者の方と同じ感性で
共感をしながらの講義でなければならない。そう思います。

それは現在我々がIT技術を使ったサービスを一般の方に提供する場合でも
同じことが言えると思います。
技術者の立場や都合で物事を考えていくのではなく、
常にユーザと同じ感性で共感をしながらのシステム作りでなければなりません。

実はユーザの方が業務ノウハウは卓越したものを持っています。
技術者はそのことを忘れがちだったりしますね。

逆に"はっ"と思わせられることがたくさんあります。
私たちの仕事は教えられることの多いなんともありがたい仕事をしているんですね。

感謝して、お客様からこれからも様々なことを学ばせて頂きたいと思っています。
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# by hoehoe5963 | 2016-11-15 10:39

戦国のヒーロー真田幸村の事実とは!?

ネクストビジョン ありまです。
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戦国武将の中でも1位2位の人気を争う戦国のヒーロー真田幸村。
それを主人公とするNHKの『真田丸』ですが、イマイチ視聴率は伸び悩んでいるようです。
ドラマはいよいよクライマックスを迎えようとしているのですが・・・。

さて歴史好きの私ですが、本ブログで真田幸村を語らないわけにはまいりません。

ところで、東京大学にある史料編纂所というところに「日本古文書ユニオンカタログ」というデータベースがあるそうで、人物名を入力して検索ボタンを押すとそれに関する古文書が全て検出される仕組みがあるのだとか。
これで「徳川家康」を検索すると3186件がヒット。さすがの大権現様です。
ところが「真田幸村」は・・・0件、なーんとヒットしないのです。

これはどういうことでしょう。

歴史に詳しい人はご存じかもしれませんが、実は「真田幸村」という人物は存在しないのです!

本当は「真田信繁(のぶしげ)」。「幸村」という名前は、江戸時代になってできた小説上の名前なのです。

「真田幸村」という武将は、大阪冬の陣、夏の陣の活躍こそ有名なものの、歴史的な人物としては何をなした人なのか皆目判らないのです。彼が有名になったのは実は小説の世界での話だったのですね。

江戸時代といえば徳川の時代。徳川幕府への反骨精神なのか、幸村が「タヌキおやじ」家康をやっつけると、庶民はやんやの喝采を送ったのです。
ただし徳川を悪役なんて天下のご法度。なので「信繁」を「幸村」と名を変えてフィクションということにしたのですね。

近年でも経営者の半生を史実として出版する場合に、あえて実際の名前と変えて「小説」として発行することがあります。真実はひとつではなくて立場の違いやとらえ方で違うものになっていることが多い。事実でも内容によっては誰かを傷つけることになる場合もある。あえてフィクションであることにすることでそのトラブルから避けているのですね。
「真田幸村」という人物はそのような背景で生まれたフィクションのヒーローだったのですね。

ところが、先ほどのデータベースで本名である「真田信繁」で検索してみるとなんと7件しかヒットしません。
実在の「真田信繁」という人物も、データの非常に少ない実に謎の多い武将だということがわかります。

真田という家はもともと信濃の山間の土豪でした。確固たる地盤を保っていなかったようです。やがて武田信玄に仕え、武田家滅亡の後は主を転々と変えながら独立を果たしました。関ケ原の戦いの際には父の昌幸は西軍に、子の信幸(信繁の兄)は東軍について家を残す手立てを講じ、結果、信濃上田藩10万石の大名として生き残ることができました。
それまでの流浪の生きざまをみると戦国時代の抜群の成功者といえる結果ではないかと思います。
主君武田が滅んでもしぶとく生き抜き、徳川の信頼を勝ち取ることができたのですから。

真田家は十二分に成りあがることができた。その上で「いらない息子(次男)」の幸村(信繁)が天下人・家康に果敢に挑戦する・・・。
ここからがフィクションなのでどこまで史実かどうかはともかく・・「判官びいき」のわれら日本人は幸村(信繁)の活躍にスカッとして涙する。という次第なのです。

なーんだ、ただのウソ話かぁ。と感じた人もいるかもしれませんが、小説の主人公、真田幸村の活躍は、当時の日本人に「歴史にロマンを感じさせる」という素晴らしい成果を残してくれました。

猿飛佐助や霧隠才蔵など、「真田十勇士」と呼ばれるヒーロまで登場して、空想の世界でも幸村の部下が大活躍。真田シリーズものは江戸時代のエンターテイメントとしては空前の大ヒット。この上ない娯楽であったのです。

と、同時に、ああもしかしたらこのような活躍をしたお殿様がいたのか。ああ、あのようなリーダになりたい、あのようなリーダの元で働きたい!と人々は思ったに違いありません。
もしかしたら、当時の「理想の上司」ナンバーワンだのかもしれません。(笑)

さらに、もしかしたらですが、小説とはいえ、徳川をヒール役とした主人公の活躍は、幕末の討幕思想というイデオロギーを生むきっかけになったのかもしれません。多くの子どもたちは江戸時代中期の軍記物や絵本などで親しんでいたということですから、、、

つまり単なる小説と馬鹿にできないぐらい「真田幸村」とは、今の日本の構築に至る大きな影響を与えた人物だったのかもしれないのです。

ちなみに、大阪夏の陣で、部隊の装備を赤で揃えた「真田赤備え」隊を編成。家康がいる本陣への突撃し、徳川家康に、自ら死を覚悟したほどの活躍をしたといいます。(これは本当の話)

徳川家康に、自ら死を覚悟させた活躍とはいかほどのものであったのでしょうか。
とても想像が掻き立てられますね。
大河ドラマ『真田丸』でのシーンが楽しみです。

どうか『真田丸』で大河ドラマが復活してほしいものです。
頑張れNHK!
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# by hoehoe5963 | 2016-10-18 14:18

広島カープの優勝に学ぶ

ネクストビジョン ありまです。
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ついに広島カープが25年ぶりのセントラルリーグ優勝を果たしました。
広島に本社を置く会社経営者である私も、9月10日の東京ドームでの「歓喜の瞬間」は見逃しませんでしたよ!

「このたびはおめでとうございます。」
広島ではこの言葉で始まる商談がしばらく続きそうです。

私にしては“がら”じゃあないのですが、今回はそんな広島カープについてちょっと語りたいと思います。
広島の方にとっては当たり前のことかもしれませんが、よく知らない人のためにまずはカープの涙・涙の歴史をざっくりご紹介。

カープは戦後間もない1950年に広島復興への夢と期待を背負って創設。丁度その頃は一気に球団数が増えていた時期でもあり、選手の取り合いも激しく、資金力のないカープは何度も球団存続が危ぶまれたほど苦しんでいたようです。

しかし市民の“樽募金”や監督選手による試合後の後援会への挨拶回りなど、涙ぐましい努力で、その苦しい時期をしのいだのです。

ですが創設からの25年間、万年Bクラス(Aクラスは3位が一度だけ)。しかも1972年からは3年連続最下位。

そんな最悪な状況の翌年1975年、外国人監督のジョー・ルーツが就任。
ルーツ監督は「燃える色」としてヘルメットや帽子、チームロゴマークなどを赤に変更させました。
するとチームは初の優勝!これにより「赤ヘル旋風」という言葉が定着したのでした。
(ルーツは15試合で退団、初の優勝を導いたのは古葉監督)

突然の「赤いヘルメット」というインパクトも、26年目の初優勝のインパクトも強力なもので、面白いのはそれらが同時に突如現れたことです。
それまで平凡な弱小チームが突如「赤ヘル=強いチーム」として全国民に知られることになりました。カープといえば“赤”という強力なブランドを手にしたのです!

その後、1991年までの16年間は黄金時代。なんと優勝5回、Bクラスは2回しかありません。再び今回優勝するまでの25年間、長い長い辛い時期を歩んできたのです。
FA制度や逆指名制度など、カープで育った実力を持った選手を資金力ある球団がかっさらっていく。そんな状況が慢性化していたからです。

それでもカープは地道に自ら選んだ選手を「自らが育て続ける」という姿勢を貫いてきました。

育った選手がFAで出て行っても歯を食いしばって、そのポリシーを守ってきました。

今回の優勝で、カープのその姿勢が間違っていなかったことが証明されたと思います。
一度は涙ながらに去った黒田が、新井が、お金のためではなく、「カープ愛」ゆえに戻ってきて、若い選手の意識を変えました。プロとして、職業人として「お金以上に大切なものがここにはある」ことを示してくれたのです。
そして今回、優勝することができたのです。

これまで広島市民球場の建設も改築や移設の度に“樽募金”を行い市民が助けてきました。黎明期から何度も広島市民が助けてきた歴史があります。まさに「わしらのカープ」なのです。

球場で、ファンが真っ赤に染まった情景はすごい迫力で圧倒されてしまいます。球団とファンが一体化した様なうねるような「赤」にパワーを感じます。
「赤」というインパクトカラー、「カープ坊や」という独特なキャラクター、「カープ女子」というネーミングなど、市民参画の形で自然発生的に「わしらのカープ」が育っているようにも見えます。

プロ野球チームの価値とは、その勝敗以上に、いかに「わしらの誇れる財産」になっているかどうかが大切なんじゃないかなと思います。カープの真の強さとはそこなんじゃないでしょうか。


新卒で入社してきて、手塩にかけて育ててきた社員たち。
技術を、ノウハウをひとつひとつ身に付けさせるのに多くの時間も手間もそして思いを注いできました。
でも中には目先の利益に目をくらまして去るものもいます。
それでも本当に大切なものがここにあるを知って歯を食いしばって頑張る社員もいます。それはまさに黒田や新井のようにです。

経営者として大切なのは、いかに「わしらの会社」として、お客様というファンを増やし、いかに「わしらの誇れる財産」となる努力するかではないかと思います。

「自ら選んだ社員を自ら育て続ける」

歯を食いしばってそれをし続けて、愛情のあふれる選ばれた仲間たちと共に、晴れのあかつきには歓喜の声をあげて旨酒を酌み交わしたい。
自分たちの会社を「わしらの誇れる財産」と見てくれる社員たちがいる会社は真に強いのです。

~勝ちにいくのが選ばれた者の運命~
~今ここで花と咲けよ~
~晴れのあかつき旨酒を酌み交わそう~
~栄冠手にするその日は近いぞ~

カープの歴史と自社の歴史とを重ねて、そのように考えています。<ちょっと涙>

ところで応援歌「それいけカープ」の詞は作詞家の有馬三恵子さんによるものですが、どうやら私とは血のつながりはないようでした。(笑)

~~~~~~~~~~~~~~~~~
カープ カープ カープ 広島
広島 カープ

空を泳げと 天もまた胸を開く
今日のこの時を確かに戦い
はるかに高く はるかに高く
栄光の旗を立てよ

カープ カープ カープ 広島
広島 カープ

勝ちにいくのが 選ばれた者の運命(さだめ)
一投一打が勝負のすべて
闘志をつくし 闘志をつくし
今ここで花と咲けよ
カープ カープ カープ 広島
広島 カープ

鍛え抜かれた 精鋭の技と力
その意気愛して 見守るわれらの
あしたへ続く あしたへ続く
きりのない夢であれよ
カープ カープ カープ 広島
広島 カープ

晴れのあかつき 旨酒を酌み交わそう
栄冠手にする その日は近いぞ
優勝をかけて 優勝をかけて
たくましく強く踊れ
カープ カープ カープ 広島
広島 カープ

(^O^)/
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# by hoehoe5963 | 2016-09-19 23:43

がんばった日本!リオ・オリンピックに学ぶ。

ネクストビジョン ありまです。
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リオ・オリンピック、日本勢の活躍は素晴らしいものでした。
金12、銀8、銅21と、獲得したメダル総数41は史上最多。感動のシーンも沢山あり、4年後の東京オリンピックが本当に楽しみになってきましたね。

今回のオリンピックで特に素晴らしかったのは、個人競技よりも団体競技の強さでした。
あのボルトもビックリさせた400mリレーや、卓球、水泳、バトミントン、体操もそうでした。

一人の力は弱くても「力を合わせれば偉大な力」を発揮できる。
皆で団結し、絆という力で勝利することができるのだということですね。
日本人の強みなのでしょか。

やはりスタンドプレーよりチームプレー。個人主義よりも集団主義。
日本での企業経営も「みんなで取り組む」活動の方が得意なのです。

女子バレーや卓球など色々な試合のシーンをみていてい特に感じたのは、メンタル面の強さや弱さでした。
強い相手に向かって「立ち向かう時のパワー」は強力でした。
怖気づかず、果敢に望んでいく姿勢も共感でき応援したくなります。

ところがいざ優勢なときに限ってミスが連発します。
「勝ってる」と感じた瞬間に現れる気のゆるみや慢心がでるのか、アッという間に崩れてしまう。そして「ダメダメな空気」が流れるのです。

バトミントンの女子ダブルスは最後の最後で大逆転して初の金をもたらしました。
劣勢になっても相手に望む姿勢が維持できていていたからこそ「立ち向かう時のパワー」が発揮できたのだと思います。

企業経営をしていてもでも同じようなことを感じさせられます。

経営が上手くいっているときは慢心になっていく。徐々にサービスの劣化が始まりいずれ大きなミスを連発するようになっていく。
なにくそと目指すモノがあって上を目指しているときには「立ち向かう時のパワー」が発揮できるもの。
劣勢になったとしても「ダメダメな空気」を打ち消すだけの強い姿勢をもつこと。

それには集団として一体となってその気持ちを一つにすること。「連帯感」や「絆」が偉大な力を発揮することになるのだとおもいます。

本当にうまくいっているときというのは、実は成功した時ではなく、「みんなで」成功を目指して本気で取り組んでいる時なのかもしれませんね。


4年後の東京オリンピック、とても楽しみにしています。
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# by hoehoe5963 | 2016-08-23 08:42

酪農IT企業の終焉!?

ネクストビジョン ありまです。

生産性の名のもと、「服装自由」「フレックスタイム制などの導入で勤務時間自由」
「挨拶・礼儀などビジネスマナーに厳しくない」「固っ苦しいことは何一ついわれない」
なんていう会社。

これを「酪農企業」と呼ぶそうです。

b0019750_16325085.jpg酪農とは放牧。
牛を自由にさせて乳を出させる。いい乳さえ効率よく出してくれれば何しててもいい。
だが、いい乳がでなくなったらバッサリ殺処分です。

「酪農企業」とは、自由を売り物に技術者を自由にさせておきながら、
いい製品が作れなくなったり生産性が上がらなくなったらバッサリ・・・。
そんな企業のことをいうのです。

「自由にしてていいよ」なんて言ってくれる会社は、一見いい会社に思えますよね。
でも、技術者が一生いい製品を作り続けられ、生産性を発揮し続けられるならいいのですが、
そうでなくなったらその先どうなるのでしょう。

いずれ将来は管理職になってもらったり、営業や担当責任者として
お客様に直接関わる仕事をしなければならなくなるかもしれない。
そんな時のために普段から社会人として必要なルールやマナーが身に付いていなくて
本当にそれで大丈夫なのでしょうか。

私はこれまで多くの人の採用面接をしてきました。

わが社はIT企業ですから当然、SEやプログラマーと呼ばれる技術者の採用面接を
行ってきたのですが・・・

・挨拶やお辞儀が下手。
・名刺交換の仕方も知らない。
・スーツの着こなしが不自然。
・しゃべり方、敬語。なんか変。

結構お会いすることがあります。
そんな人に限って、昔作ったシステムの自慢話は上手だったりして…。

いくらすごい技術力があっても、人として通用しない人はNGです。
技術者なのだから技術力があるのは当たり前です。
大切なのは技術者である前に、
「開発者」として「社会人」として「人」として認められるかどうかですよね。

私は、会社が社員として採用し迎え入れたからには、
『その人の将来の人生を見守る責任がある』と考えています。

だからこそ、エンジニアとしての技術力だけではなく、
『社会人として必要な考え方やマナーや良識を身に付けてもらわなければならない。』
そう思うのです。
だから時に厳しいことを言うこともあります。激しく叱ることもあります。

酪農IT企業で長らく放置された環境に慣れていた技術者から見れば、
インパクトがあることかもしれません。
でも、何も言われないより言われることの方が絶対にいいに決まっています。

優しいという字は「人を憂う」と書きます。
相手の将来を案じ憂う気持ちが「優しさ」といえるのです。
何も指摘されず、放置されることが「優しい」ことでしょうか!?
ましてや家族に最も近い存在ともいえる同じ釜の仲間達を、どうして放置できるものでしょうか。

東京で知り合ったIT企業の多くの社長達いわく、「酪農IT企業」は
これから東京でも淘汰され消滅していくだろうとのこと。

これからは技術者であっても、一人の社会人として世の中で生きていくために
本当に必要なことを教えてくれる会社が必要とされているのだと。
だから「叱れる会社」が必要なのです。

そんな会社にお客様からの信頼は集まるものです。
社員一人一人の将来を見据えた会社運営をしていきたいものです。
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# by hoehoe5963 | 2016-07-19 15:23

人工知能AIは人間を超えるのか!?

ネクストビジョン ありまです。
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先日、日経新聞に「AI社長の登場」という空想的な記事が掲載されていました。
社内社外の様々な情報を集め分析し、過去の事例や自身の経験によりこれからの事態を予測し最も最適な経営判断をする・・・こうした社長が行っている経営者としての活動は人工知能(AI)が最も得意とする内容であって、将来AIが会社の社長にとって変わる時代がくるかも、という内容です。まるでSFのようです。

現在、チェスや将棋などあらゆる分野においてAIによる「人間越え」が次々と起きています。
今年3月、世界トッププレイヤー囲碁棋士がグーグルの人工知能(AI)「アルファ碁」に敗れたというニュースがありました。囲碁は手数があまりにも多いため「AIが勝利するのは早くて10年先の話」とされていたにもかかわらずあっさりと人間の能力を超えてしまったのです。AIの発展の勢いを感じさせるニュースでした。

近い将来、経営判断を全てAIが行うAI社長が登場したとしても、決しておかしくはないように感じますね。

AIによる画像認識や音声認識のレベルはすでに人間の能力を超えています。

身近なところではグーグルやアップルのスマホで音声検索アプリを使ってみたらわかります。商店街や駅ナカなどの雑音の多い場所でも少々の滑舌の悪い音声でもバッチリ聞き分けてくれます。これもAI技術による進歩なのです。

AIによる翻訳・通訳の能力も今よりさらに進化して、そのうち英会話教室など通わなくなる時代もそう遠くはなくなるような気がして、英語の苦手な私は特にそれに期待しています!!がんばれAI!

ところで、「将来、高度なAIを搭載したロボットが人間の雇用を奪う」と予想する有識者もいます。
オックスフォード大学のカール・フレイ博士とマイケル・オズボーン博士の論文で、雇用の47%がコンピュータやロボットに奪われると発表したことが世界に衝撃を与えました。
弁護士や税理士、はたまた庭師や理髪師のような手先の器用さを要する職業まで将来奪われるというのです。

このニュースを見て不安に感じた人は少なくないはずです。

しかし私は近い将来本当にそういう状態になるとは考えていません!

気休めで言っているわけじゃない証拠に、理由は2つあります。
まず一つ目。
2015年にアメリカで災害対策AIロボットの世界コンテストがありました。
「自動車を運転して規程コースを走る」「コンクリートブロックが積み上げられた道を歩く」「電気ドリルで指定のとおりに穴をかける」などの8種類の競技で、人間なら10分程度で終えるような簡単な作業ですが、参加した世界トップクラスのロボットたちであっても8種目の課題をクリアしたロボットは一つもなかったのです。
まだまだこの程度なのです。いくつものの技術革新を起こし続けていかなければロボットやAIが人間様に近づくことはまだまだ先のようです。

その証拠に、福島の原発事故には世界中のロボットが事故処理にあたっていますが結局人がいけないような場所に(しかもリモコンで)入り込んで、カメラで映像を映し出す程度しかできなかったではないですか!
ロボットやAIという言葉の過大評価に惑わされないようにしたほうがいいのです。

かといってAIがまだまだダメなのではなくて、得意分野と不得意があるということです。何がAIが得意で、何がAIが不得意なのか、その見極めが大切なのです。

二つ目に思うことは、
「新たな技術には新たな雇用が発生する」ということです。

昔、「コンピュータが発展すると事務処理が合理化されて会社から事務員がいなくなる」といわれた時代がありました。たしかに事務職の人はかつてに比べれば少なくなりましたがゼロにはなっていません。それどころか、ソフトウェア開発やインフラ保守要員など新たな職種の人たちが活躍しその雇用が拡大しました。

同様にAIが発達することでそうした分野に関わる新たな職種の必要性が生まれ、新たな雇用が拡大するのではないかと考えています。

私たちIT業界の技術はますます進化と多様化が進んできています。自動運転技術や、ロボットの発展、ドローン、VR・AR、・・流行る技術と、反対に廃(すた)れる技術もあるのです。

インターネットがない時代からインターネットが発展した時代に変わり、ネットの影響でこれまでの商売が廃れた会社もあれば、ネットにより商売が成功した会社もあります。インターネットを活用してこれまでにない商売のやり方を考えた人もいるのです。

同様に、AIをうまく活用できるのかAIによって廃れてしまうのかという、時代に合わせられるか合わせられないのか次第で、仕事が奪われたり与えられたりという違いになるのではないでしょうか。

将来の技術の進化と深化をしっかり見定めて予測して先取りして自らを変えていく。時代に合わせるということはそういうことなのでしょうね。
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# by hoehoe5963 | 2016-06-12 21:10

かけてますか?「ねぎらい」の言葉

ネクストビジョン ありまです。
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日経新聞の土曜に別冊で「NIKKIプラス1」というのがついてくるのですが
これは結構トレンディな話題がおおくてお勧めです

さて、その中からの記事を紹介します。

◎夫に言われて傷ついた一言
 1位「君も太ったね」
 2位 体調が悪いのに「ごはんはないの?」
 3位「家にいるんだからヒマだろ」
 6位「うるさい」
 7位「しつこいな」
 8位「誰のおかげで生活できているんだ」
            など

さて、みなさんはどのように感じられましたか?
相手を傷つけてしまうのは家族であれ友人であれ職場でも同じで、
「自分が優先になっていて相手の立場にたって考えていない」
ことが原因ですよね。

職場でも
SE/PGなどの技術者からすれば
「誰のおかげで開発できてるとおもっているんだ」
と思うことがあるかもしれません。

しかし営業担当者からすれば
「誰がこの仕事を取ってきたんだとおもっているんだ」
となるかもしれませんよね。

普段から相手の立場にたって物事を考えることができたら
そんなトラブルにはならないといえます。

逆にこういうのもありました

◎夫に言われてうれしかった一言
 1位「おいしいね」「ごちそうさま」
 2位「家のご飯が一番おいしい」
 3位「いつもありがとう」
 4位「がんばっているね」
 5位「おつかれさま」
 8位「えらいと思うよ」
            など

ちょっとした「ねぎらい」など
「相手を敬う気持ち」があれば、こういった言葉は自然と出てくるはずです。
そういった言葉の出てくることが心の美しさをあらわし、
それが相手からも認められるから、普段から家庭もうまくいくのですね。

これも会社でも同じですよね。
「おつかれさまです」
「ありがとうございます」
「がんばってください」
「いつもがんばってるね」
など

ちょっとしたねぎらいの言葉や相手を敬う言葉がでてくることで
円滑なビジネスができることになると思います。

私が以前行った外部からの依頼のセミナーで、
「人生と仕事」を『車』に例えて伝えたのですがその反応がよかったです。

「どんなに優秀な車でも、どんなに高価な車でも、
 潤滑油がなければ動きません」

ということです。

ビジネスでの潤滑油ってなんでしょう。
お互いの挨拶を掛け声で終わらすだけにするのではなく
相手の立場に立って、
「ねぎらう気持ちを声にする」
「敬う気持ちを声にする」
そういうことが大切なんですよね。

 
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# by hoehoe5963 | 2016-05-16 11:27

日露戦争の奇跡・あきらめるな!全力で取り組め!!

ネクストビジョン ありまです。
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今回は司馬遼太郎の「坂の上の雲」で舞台になった日露戦争について取り上げたいと思います。

日露戦争といえば、「日本海海戦」です。後に世界三大提督のひとりに挙げられることになる東郷平八郎、また彼の右腕、戦略家の秋山真之(あきやま よしふる)らの「丁字作戦」などの周到な作戦により、日本の3倍の戦力を持った世界最強のバルチック艦隊艦隊を相手に勝利した戦いです。

日露戦争での「日本海海戦」の勝利が日露戦争そのものの勝利に繋がったのですが、その日本海海戦の9カ月前にあった「黄海海戦」で辛勝したことが、その後の「日本海海戦」で勝利できた大きな要因だったと考えています。

「黄海海戦」は明治37年8月10日、ロシアの旅順艦隊と日本の連合艦隊とが交戦した、20世紀における、はじめての主力艦同士の海戦です。

ロシアの太平洋艦隊(旅順艦隊)は艦隊を旅順からウラジヴォストークに移そうとしていました。
ウラジヴォストークに艦隊が移動してしまえば、日本は負けです。なぜなら、日本全域がロシア艦隊の攻撃の射程距離に入るわけですから、日本各地でのロシアからの攻撃を防ぎようがないわけです。
世界最強のバルチック艦隊も日本に迫ってきていますから、「黄海海戦」は絶対に負けられない戦いだったのです。

あの「坂の上の雲」の主人公の秋山真之が練りに練った「丁字作戦」で日本は臨んだのですが、大失敗。
「丁字作戦」は好戦的な相手には有効だったのですが、ロシア側は戦いではなく脱出が目的。逃げる相手には不向きの作戦だったのです。
想定外の相手の動きに、連合艦隊は動きに遅れをとられてしまい、旅順艦隊を追いかけますが1万メートル以上の大遠距離をあけられてしまいます。

追う日本艦隊との速力差はわずかに1ノット。時刻は15時過ぎ、逃げた旅順艦隊を全力で追いかけても計算では6時間はかかる。あと3時間半後(午後7時過ぎ)には夜が来る。当時はレーザがないので、暗くなったら戦いは不可能。それまでに追いつけなければ、日本の負け。どう考えても、追いつかない、勝てるはずがない・・・。

その状況で、東郷平八郎の判断は、、、


「あきらめるな!全艦!全力で追いかけろ!!」でした!

ひたすらロシヤ旅順艦隊を追っかけたのです。


すると、なんと奇跡が!!

【奇跡その1】
2時間余りの追跡ののち、旅順艦隊が突然減速しはじめたのです。
全力疾走による故障か・・おそらく整備の不良だったのでしょう。日本の連合艦隊は整備抜群で全力疾走にも全く問題なく動力機関は耐えていました。。日本のクオリティの高さがモノをいったのでしょうか。

午後5時30分ごろ、第二次合戦が始りました!
互いに戦闘は激しく続き、どちらが優勢とも判断がつかない状況でした。
そこへ、またしても奇跡が!

【奇跡その2】
三笠から発射された主砲弾がたまたま、旅順艦隊の旗艦「ツェサレヴィチ」の司令塔に命中。
露天艦橋で指揮していた指揮官は即死。
当時の砲撃はレーザがありません。距離計算も適当です。命中するかどうかは運任せなのです。
そんな当てずっぽうの玉が相手の指揮官に命中するということがどれだけの奇跡だったか。

【奇跡その3】
しかも、さらに砲弾の破片は舵輪を左一杯の状態で固定してしまい、操る者のいない「ツェサレヴィチ」は急速に左転回を始めました。

艦隊の運行ルールは旗艦の進む方向に2番艦が後をついていき、3番艦もついていく、いわば数珠つなぎに続航していきます。なので旗艦が左転回をすれば、何も知らない後続の艦隊もそれをついていくしかありません。

これに慌てた「ツェサレヴィチ」の通信士が手旗で後続艦隊に「ついてこなくていい!」と連絡しようとします。
これにさらに奇跡が!

【奇跡その4】
三笠から発射された主砲弾がさらに「ツェサレヴィチ」の通信士に命中。旗艦は後続艦隊に連絡することすらできなくなったのです!

一瞬にして頭脳を失ったロシヤ旅順艦隊は大混乱!

連合艦隊は敵を包囲しつつ攻撃を続行しましたがロシアの各艦は戦線を離脱して旅順港や中立港に逃げ込んでしまいました。

敵艦隊を撃滅することには失敗してしまいましたが、辛くも勝利。何とか運に救われたという結果だったのです。

この経験が連合艦隊にとって大きな教訓となります。
「丁字作戦」はさらに練り直され、様々な改善・対策がとられます。
それが後の日本海海戦で大きく活かされ、世界最強のバルチック艦隊に勝利することとなったのです。


あのとき、東郷平八郎が「もう無理だ、あきらめよう」と判断したらどうだったでしょうか。
「あきらめるな!全力で取り組もう!!」
と考え、最後まであきらめずに全力で戦ったからこそ奇跡は起きたのだと思います。

それに、、「人間万事塞翁が馬」といいますが、
もし黄海海戦が楽勝・圧勝だったら、日露戦争は負けていたかもしれません。簡単に勝ってしまうと、おごりがおき、「丁字作戦」の見直しもされず、日本海海戦ではよい結果にはならなかったでしょう。
黄海海戦が辛勝だったからこそ、十分な反省が起こり、懸命な改善活動がなされた。だからこそその後の戦いに圧勝することができたのです。

ただ、その後の日本はというと、、、
日露戦争に勝利してしまったからこそ、、軍は慢心になり日中戦争に突入、太平洋戦争を起こしてしまい、敗戦、、、。
けれど、
太平洋戦争の悲劇があったからこそ、、平和国家として経済大国として高度成長でき、、。
けれど、
高度成長があったからこそ、、バブルの崩壊により長らく苦しむことになり、、、。
けれど、
あのバブル崩壊があったからこそ、、今の成熟した社会基盤ができたのだと思いますね。

「人間万事塞翁が馬」
歴史は繰り返されます。歴史を教材にして正しい判断につなげていきたいものですね。


 
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# by hoehoe5963 | 2016-04-18 20:44


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