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ネクストビジョン


こんにちは。株式会社ネクストビジョン 社長のありまです。普段仕事をしてて思いついたことや役立ちそうなことをレポートします。
by hoehoe5963
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ネクストビジョン
広島の社長TVインタビュー

有馬 猛夫
株式会社ネクストビジョン
代表取締役社長
IT系の専門学校で11年間教壇に立った経験を生かし、1999年ネクストビジョン設立。広島発ITベンチャー企業として製品開発・サービスの提供を行う。2006年広島市企業診断優良企業賞受賞。2008年マイクロソフト社と広島市によるITベンチャー支援企業として中国地方で初の選定企業となる。
HIA-(一社)広島県情報産業協会 会長、ANIA-全国地域情報産業団体連合会 副会長、HiBiS-広島インターネットビジネスソサイエティ協議会 副会長


使い慣れた紙帳票がiPadの電子帳票に<ConMas i-Reporter>


iPhoneを多機能ハンディターミナルにする iSMART


CMSで売上アップ・次世代CMS“HeartCore(ハートコア)”


社内の情報資産管理システム“CincomECM”


情報セキュリティ・メールアーカイブシステム『ログキューブ』


内定者コミュニケーションツール
< スタートラインSNS >


株式会社ネクストビジョン


株式会社ネクストビジョン採用情報
以前の記事

知らないとヤバイ「AI」と「IoT」の基礎講座

ネクストビジョン ありまです。
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今回はAIとIoTの基礎講座ということで私なりに解説したいと思います。
このブログですでにAIについては語っていますのでそちらも合わせて確認してほしいと思います。
http://nextvision.exblog.jp/25905088

さて、早速ですがAIとIoTとは何んのことでしょう。
「AI」は、処理能力の高いスーパーコンピュータ上で動くソフトウェアで、推論や学習といった人間の脳の働きをコンピュータ上で実現しようとする技術を指します。
なので「人工知能」と訳すわけですよね。

「AI:人工知能」と聞くと、人間と同じように考えたり悩んだり怒ったりという感情までももっていずれ人間に歯向かったりするのではないか?というようにとらえられがちです。
こうした解釈はあくまでSFなのであって、拡大解釈ともいえます。
あくまでもAIは人間の脳の「推論や学習」の働きを機械化するにすぎないのです。
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一方「IoT」とは「インターネット・オブ・シングス」の略で「モノのインタネット」と訳されます。
よくIoTというと単なるマイコンの延長とか、組み込み開発=IoTととらえられたりすることが多いのですが、それは解釈を誤っています。

IoTとはセンターを埋め込んだモノとモノをインターネットを介してつなぐことで付加価値を高めることをいいます。
様々なセンサーとネット接続可能にした装置があちらこちらにあり、様々な情報を収集して色々役に立つのだということです。
例えば製造業や流通業界などで温度や湿度や圧力・振動などの様々な情報を集め分析することで、もっと合理的にもっと効果的なモノづくりや物流にしていくことが可能になるわけです。

IoTの進展によって収集可能な情報量が増えると、大量のデータを迅速に効果的に分析・処理する技術が必要になります。そこでAIがこうした膨大な情報を分析・処理すつための技術として注目を集めるようになったわけです。
そういう意味ではAIはIOTシステムの一つのツールと言っていいわけですね。

IoTをわかりやすくいえば、コンビニのPOSシステムがあります。POSもIoTの先駆けといっていいんじゃないかな。

各店舗での売り上げがレジのバーコードで読み取られ、本部にネットを通じて送られてきます。そこまででは単なる情報を集めただけだけれども、そこから、どの地域に・どの時間帯に・どの年齢層に、どんなものが売れるのか?という結果を分析して、次のお店作りの展開にむすび付けています。

このPOSシステムのように、工場や倉庫の現場の様々な情報をネットを通じて収集し、AIで分析して今後の意思決定につなげていく。
これができてこそIoTといえるのです。

おそらくこのAIとIoTはどんどん発展していき社会の隅々にまで影響を与えることになるでしょう。
いまからでも取り組んでおくことが、生き残るために必要なことですね。
 
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# by hoehoe5963 | 2017-02-14 10:30

日本の40年周期の苦難の歴史・2025年の未来は?

ネクストビジョン ありまです。

みなさま、明けましておめでとうございます。
本年もご愛読のほどよろしくおねがいいたします。

さて今回は、私たち日本の歴史は40年ごとの周期で大きなでき事や節目が繰り返されている!
というお話からです。
いまから逆戻ること310年以上の昔から。ちょっと歴史講義風にお話します~

①1703年 赤穂事件(世にいう忠臣蔵) 元禄地震・宝永地震・富士山大噴火

b0019750_21481135.jpg赤穂浪士による討ち入り事件は当時でも日本中を轟かせた衝撃的な事件として扱われていたようです。そのためか、あまり知られていませんが、実は同じ年に大きな災害が発生しました。元禄地震です。同時に大津波も発生。これにより関東・東北の広範囲で甚大な被害をうけているのです。

さらに1707年には宝永地震が発生。同時に東海道・南海道で大津波が発生。全国の広範囲で被害があったようです。さらに富士山が大噴火。広範囲にわたり火山灰による飢饉が発生。立て続く災害で日本中がぐっちゃぐちゃだったようです。

本来、歴史に大きく刻むべきは忠臣蔵よりも大災害の方だったような気がしますね。

そして40年後、

②1740年代 享保の改革

b0019750_1302941.jpgこの時代、幕府の財政はピンチ状態に。経済はぐっちゃぐちゃ。ならばと8代将軍・徳川吉宗が大活躍して様々な改革を行った時代です。
御庭番、目安箱、鷹狩、町奉行(大岡忠相)、火消し組合、火の用心の風習、養生所(病院)の設置などなど、今の江戸時代のイメージのあれやこれやはこの改革で出来上がったものです。本来、財政安定策・税改革が中心なんですが、庶民の暮らしを重視した政策が多いのが印象的です。

そして40年後、

③1780年代 天明の大飢饉・寛政の改革

b0019750_2044065.jpg「天明の大飢饉(てんめいのだいききん)とは江戸時代中期の1782年(天明2年)から1788年(天明8年)にかけて発生した飢饉である。江戸四大飢饉の1つで、日本の近世では最大の飢饉とされる。」~Wikipediaより~

その影響で一揆や打ちこわしが続発し、またしてもこの国はぐっちゃぐちゃ!さらに役人の賄賂などがあって、時の老中・田沼意次は失脚し、新老中・松平定信が主導して行ったのが「寛政の改革」ですね。必ず試験にでるところです。ココ。

緊縮財政と風紀の取締りで経済の安定化を目指したのですが、庶民にまで倹約を強要したり、極端な思想統制もあって民衆の不満は大爆発!経済もかえって悪化してしまいあっさり6年で松平定信は失脚。たった6年ですが歴史に残る人物になったのです。(悪い意味で・・。)ただ、その倹約主義のあり方は清く上に立つ者のあり方として、その後の日本の風習文化にも影響していきます。

そして40年後、

④1825年 異国船打払令 1828年 シーボルト事件

b0019750_207161.jpgこのころからイギリスやロシアは熱心に開国を迫っていたようです。しかしそれに対して幕府がとった行動が「異国船打払令」。外国船は見つけ次第打ち払ってしまえ!上陸しようとする外国人なんか殺してしまえ!という極端で信じられない法律です。その後、日本って極端で排他的な考えを持つ国なんだってことがアメリカに伝わり、ペリーの力づくによる開国「黒船来航」につながるわけです。
その3年後の「シーボルト事件」は、世間の外国人に対する印象が最悪に。そこからさらに「攘夷思想」(外国人は排除せよ)が国民に広まるきっかけになったと思います。

その数年後には天保の大飢饉があって、またしてもこの国はぐっちゃぐちゃ。

そして40年後、

⑤1867年 大政奉還 1868年 明治元年

b0019750_1311322.jpg1167年に平清盛に奪われた政権がなんと700年ぶりに幕府から朝廷に戻りました。これを王政復古とか大政奉還っていうんですよね。そしてこのぐっちゃぐちゃの激動の時期を「明治維新」とか「文明開化」と呼び、大きな変革となったのです。

そして40年後、

⑥1905年 日露戦争終結
そうあの「坂の上の雲」の時代です。

そして40年後、

⑦1945年 太平洋戦争敗戦
もう解説の必要はなさそうですね。

そして40年後、

⑧1985年 バブル崩壊
日本は経済大国としてのピークを迎えたものの、バブル崩壊で経済はぐっちゃぐちゃに。バブル崩壊後は新しい価値観や新しい働き方を模索し現在に繋がっています。

このように日本は面白いように40年ごとに大きな出来事を繰り返しています。なにかの不思議な力でもあるのでしょうか?宇宙の法則でしょうか?
しかもそれはとても辛いぐっちゃぐちゃの苦難を40年ごとに繰り返し乗り越えてきた歴史なのです。

では次の40年後、今から8年後の2025年とはどんな苦難がおきることでしょうか?

未来がどうなるか?それはわかりません。しかし、はっきり予測できることがあります。それは人口です。人口ピラミットをみるだけでほぼ正確な未来の日本の姿が予測できるのです。

2025年の日本は高齢化が一層進み、「超少子化・超高齢化」時代に突入です。3分の1が65歳以上、5分の1が75歳以上になるのだとか。

そんな超高齢化時代に備え、今からどういった対策をとるかがとても重要です。ですが、今から対策したとしても遅いんじゃあないでしょうか?


ところで今年の2017年は、色々な「2017年問題」があるそうですが、その一つに「事業継承問題」というのがあるそうです。

現在の日本の人口ピラミットで、年齢ごとで最も多いのが69歳の方々。(2位は45歳)
その人口が最も多い「団塊の世代」の皆様が70歳に差し掛かる時期となります。
以前から会社員の一斉退職、生産人口の減少という形で現れてきた団塊の世代関連の現象ですが、これからは、企業の経営者層の動向に多くの影響が及ぶと考えられます。

2014年時点での70歳以上の経営者の割合は22.5%もあるそうです。(東京商工リサーチによる「2014年全国社長の年齢調査」)
つまり、5社に1社以上は社長は70歳以上。その割合がさらに増えていくことは容易に想像できます。これがこの国の現状なのです。

社長年齢が高いほど赤字企業が多いことや、減収減益企業の比率は社長の高齢化とともに上昇していることも指摘されています。さらに、休廃業や解散企業のうちの約40%の企業が、社長が70代以上とのことです。
しっかり後輩に、次世代に「繋ぐ」ことをしていかなければいずれ大きな問題になるかもしれません。

もしかしたら、若い人にノウハウが伝わらず大切なものが次々に消えてしまう。培われた様々な英知も消えてしまう。日本人としての大切な魂や志・パッションまでも消え去られてしまう。
そんな状態が「2025年」に起きるこの国の次の苦難なのかもしれませんね。

そんな次の苦難の歴史を作らないように、ぐっちゃぐちゃの未来にしないようにするにはこれしかありません。
1)若い人の育成に力を注ぎ、事業継承をしっかり進める。
2)イノベーションを起こして新たな価値を創造していく。

わが国はこれまでなんどもぐっちゃぐちゃの苦難の歴史を乗り超えてきたのです。これからもきっと乗り超えることができるはずです。

私たちはIT活用によって積極的にそのお手伝いをしていきたいと考えています。
そして次の若い人へ「繋ぐ」ことの大切さをしみじみ感じた今年の正月でありました。

本年もなにとぞよろしくおねがいいたします。

 
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# by hoehoe5963 | 2017-01-18 13:09

北京視察旅行にて

ネクストビジョン ありまです。
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広島県情報産業協会(HIA)の仲間たちと、11月2日~6日まで視察旅行にいってきましたので今回はその報告です!

今回で5回目となるHIA海外視察は、中国・北京市でした。

よく「海外旅行で見識が広がり、今まで見えなかった日本の悪いところや良いところに気付くことがある」と聞きますが、今回の視察はまさにそれを強く感じた旅であったと思います。

私の中国に対するイメージは、まだまだ「世界の工場」「安価での委託先」「成長に陰りがでてきてバブルリスクのある国」というものでしたが、それらは一変しました。生産を依頼する国から、大きな市場と多くの富裕層を持つお客様と意識を変えなければなりません。そして、万里の長城、故宮のように、街も市場もビジネスも大きく、参加メンバーが毎回同様に感じられている通り「行ってみないとわからないものだ!」を強く感じた内容でした。

視察ではルネサスエレクトロニクス(北京)にて、製造業の現状の説明と半導体工場の見学をさせていただきました。日立製作所(中国)、日立(中国)研究所にてイノベーションにつながるお話をいただきました。NEC(中国)ではNECの取り組みのほか、顔認証による製品やPM検知器などの製品のデモンストレーションを見せていただき、中国でのIT利用の浸透を伺い知ることができました。

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視察先1 ルネサスエレクトロニクス(北京)

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視察先2 日立製作所(中国)

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視察先3 日立(中国)研究所

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視察先4 NEC(中国)

中国は、以前と比べると緩やかとなりつつあるとはいえ、経済成長率が7%前後で推移し続ける高い成長力があり、世界経済の影響力や発言力を強めている大国です。今回の視察では、今世界規模での大きな変化が起きている事実の認識と同時に、未来の対中国ビジネスの可能性を強く感じた次第です。

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オリンピック記念のタワーです。

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オリンピックの象徴の総合競技場(鳥の巣)

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高層ビル群が広がり、目覚ましく街は発展してます。


ただ、高度成長の陰には、地方との格差問題やPM2.5などの環境問題、交通渋滞などのインフラ問題など、多くの課題があることも実感することができました。

その北京でのPM2.5は想像を超えるものでした。
なんと濃霧により高速道路が閉鎖となるというアクシデントがありました。
おかげで予定していた天津市でのデンソー(中国)への視察が中止になってしまいました。
工場見学など準備をしていただいていたデンソーの関係者の皆様、申し訳ございませんでした。

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高速道路が閉鎖になった時の車窓です。全く外がわかりません。道は大渋滞。
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その日の朝のホテルの窓です。

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全く外が見えません。恐るべしPM2.5・・・。

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街もこんな様子。正直、住みたくはないな・・。


最終日の観光では一気に晴天となり天安門広場や故宮(紫禁城)、雄大な万里の長城を眺めることができました。(日頃の行いのお陰!?)

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最後になりますが、視察を企画していただいた皆さま、お世話をしていただいたスタッフの皆様、中国の視察先の皆様に心から感謝いたします。ありがとうございました。
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# by hoehoe5963 | 2016-12-11 19:40

30年前のパソコン指導

ネクストビジョン ありまです。
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かつて、パソコン指導をしていたころの話です。
(写真は17年前の私です(*^^*))

ある日の生徒と講師との会話です。
「先生、マウスがこれ以上右にいかないんですが、ど、どうすれば・・」
・・・・「マウスを持ち上げたらいいんですよ。(^o^)丿」

「先生、ボタンを押しても電源がはいらないんですけど!」
・・・・「あ~それはフロッピーを取り出すときにつかうボタンですよ。(^_^;)」

「先生、と、とっ突然画面に旗みたいなのがあ!」
・・・・「えっ!あぁそれはスクリーンセーバーですよ(-_-;)」

「先生、ダブルクリックがぁ~」
・・・・「ゆっくりですよ。おちついてね。」

「先生、やっぱりダブルクリックできませんよお~」
・・・・「おかしいなあ ん? あっ!
     左右のボタン両方同時に押してますよ!(*_*)」 

なんてことが昔は良くありましたが、皆さんも思い当たる方いませんか?
最近はそういったやりとりがずいぶん減ってきました。

生徒の皆さんは結構入力も速くなってきていますし、既に基本的なことは
わかっているということは多いですね。
でも思うのに、なんとも初心者を惑わさせることの多いいことです。たとえば・・・

「パソコン"終了"するのに"スタートボタン"を押す」
・・・・良く考えたら終了するのにスタートなんておかしいですよね。・・・

「"~"を入力するのに"~"の印刷されているキーを押しても出てこない」
・・・それならなんで印刷してあるの?・・・・

「不正な処理をしたため強制終了いたします」
・・えっ、私がどんな不正をしたってゆうのぉ?・・・・

これは昔、本当にあった話です。
いまから約三十年前、1980年代の終わりごろ、まだ私は学生で、アルバイトでインストラクターをしていたときのことでした。

私は指導経験もまだまだ未熟でしたが、ある企業のパートの中高年の女性社員の方々相手に
パソコンの取り扱いの指導をしていました。
何よりも20歳そこそこのひよっこの私が、経験も年齢も随分と年上の方々を相手に講義するのですから
それはそれは緊張のおももちで講義をすすめていました。

当時まだパソコンといえば随分高価で故障もしやすいのですが何よりも大きな重たいボディが特徴でした。
講義中、突然、受講生の一人の女性が、その大きな重たいパソコンを抱えてガタガタ窓の方に動かしはじめられましたのです!
普段から真面目なおばちゃんなのに、突然そんな思いがけない行動をされて、何よりも慌てました。

「○○さん!なっ何をしてるんですかぁ!」
「え~、だって・・・」

見るとパソコン画面には・・・『環境をセットし直してください。』
と表示されていました。

女性いわく
「ここは日当たりが悪そうなので窓の方がいいのかと思って・・」

!!!!

今となっては笑い話ですが、当時の私としては、
『そうか!初心者とは何をしでかすかわからんものなのだなあ』
と強い印象と同時に恐怖が残った事件でした。

 わかってる人や慣れている人なら、固定概念もあって感じないことですが、
初心者の方の感性は子供の用に新鮮で、逆に"はっ"と思わせられることもあります。
パソコンに慣れた者の見方での指導ではなく、初心者の方と同じ感性で
共感をしながらの講義でなければならない。そう思います。

それは現在我々がIT技術を使ったサービスを一般の方に提供する場合でも
同じことが言えると思います。
技術者の立場や都合で物事を考えていくのではなく、
常にユーザと同じ感性で共感をしながらのシステム作りでなければなりません。

実はユーザの方が業務ノウハウは卓越したものを持っています。
技術者はそのことを忘れがちだったりしますね。

逆に"はっ"と思わせられることがたくさんあります。
私たちの仕事は教えられることの多いなんともありがたい仕事をしているんですね。

感謝して、お客様からこれからも様々なことを学ばせて頂きたいと思っています。
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# by hoehoe5963 | 2016-11-15 10:39

戦国のヒーロー真田幸村の事実とは!?

ネクストビジョン ありまです。
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戦国武将の中でも1位2位の人気を争う戦国のヒーロー真田幸村。
それを主人公とするNHKの『真田丸』ですが、イマイチ視聴率は伸び悩んでいるようです。
ドラマはいよいよクライマックスを迎えようとしているのですが・・・。

さて歴史好きの私ですが、本ブログで真田幸村を語らないわけにはまいりません。

ところで、東京大学にある史料編纂所というところに「日本古文書ユニオンカタログ」というデータベースがあるそうで、人物名を入力して検索ボタンを押すとそれに関する古文書が全て検出される仕組みがあるのだとか。
これで「徳川家康」を検索すると3186件がヒット。さすがの大権現様です。
ところが「真田幸村」は・・・0件、なーんとヒットしないのです。

これはどういうことでしょう。

歴史に詳しい人はご存じかもしれませんが、実は「真田幸村」という人物は存在しないのです!

本当は「真田信繁(のぶしげ)」。「幸村」という名前は、江戸時代になってできた小説上の名前なのです。

「真田幸村」という武将は、大阪冬の陣、夏の陣の活躍こそ有名なものの、歴史的な人物としては何をなした人なのか皆目判らないのです。彼が有名になったのは実は小説の世界での話だったのですね。

江戸時代といえば徳川の時代。徳川幕府への反骨精神なのか、幸村が「タヌキおやじ」家康をやっつけると、庶民はやんやの喝采を送ったのです。
ただし徳川を悪役なんて天下のご法度。なので「信繁」を「幸村」と名を変えてフィクションということにしたのですね。

近年でも経営者の半生を史実として出版する場合に、あえて実際の名前と変えて「小説」として発行することがあります。真実はひとつではなくて立場の違いやとらえ方で違うものになっていることが多い。事実でも内容によっては誰かを傷つけることになる場合もある。あえてフィクションであることにすることでそのトラブルから避けているのですね。
「真田幸村」という人物はそのような背景で生まれたフィクションのヒーローだったのですね。

ところが、先ほどのデータベースで本名である「真田信繁」で検索してみるとなんと7件しかヒットしません。
実在の「真田信繁」という人物も、データの非常に少ない実に謎の多い武将だということがわかります。

真田という家はもともと信濃の山間の土豪でした。確固たる地盤を保っていなかったようです。やがて武田信玄に仕え、武田家滅亡の後は主を転々と変えながら独立を果たしました。関ケ原の戦いの際には父の昌幸は西軍に、子の信幸(信繁の兄)は東軍について家を残す手立てを講じ、結果、信濃上田藩10万石の大名として生き残ることができました。
それまでの流浪の生きざまをみると戦国時代の抜群の成功者といえる結果ではないかと思います。
主君武田が滅んでもしぶとく生き抜き、徳川の信頼を勝ち取ることができたのですから。

真田家は十二分に成りあがることができた。その上で「いらない息子(次男)」の幸村(信繁)が天下人・家康に果敢に挑戦する・・・。
ここからがフィクションなのでどこまで史実かどうかはともかく・・「判官びいき」のわれら日本人は幸村(信繁)の活躍にスカッとして涙する。という次第なのです。

なーんだ、ただのウソ話かぁ。と感じた人もいるかもしれませんが、小説の主人公、真田幸村の活躍は、当時の日本人に「歴史にロマンを感じさせる」という素晴らしい成果を残してくれました。

猿飛佐助や霧隠才蔵など、「真田十勇士」と呼ばれるヒーロまで登場して、空想の世界でも幸村の部下が大活躍。真田シリーズものは江戸時代のエンターテイメントとしては空前の大ヒット。この上ない娯楽であったのです。

と、同時に、ああもしかしたらこのような活躍をしたお殿様がいたのか。ああ、あのようなリーダになりたい、あのようなリーダの元で働きたい!と人々は思ったに違いありません。
もしかしたら、当時の「理想の上司」ナンバーワンだのかもしれません。(笑)

さらに、もしかしたらですが、小説とはいえ、徳川をヒール役とした主人公の活躍は、幕末の討幕思想というイデオロギーを生むきっかけになったのかもしれません。多くの子どもたちは江戸時代中期の軍記物や絵本などで親しんでいたということですから、、、

つまり単なる小説と馬鹿にできないぐらい「真田幸村」とは、今の日本の構築に至る大きな影響を与えた人物だったのかもしれないのです。

ちなみに、大阪夏の陣で、部隊の装備を赤で揃えた「真田赤備え」隊を編成。家康がいる本陣への突撃し、徳川家康に、自ら死を覚悟したほどの活躍をしたといいます。(これは本当の話)

徳川家康に、自ら死を覚悟させた活躍とはいかほどのものであったのでしょうか。
とても想像が掻き立てられますね。
大河ドラマ『真田丸』でのシーンが楽しみです。

どうか『真田丸』で大河ドラマが復活してほしいものです。
頑張れNHK!
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# by hoehoe5963 | 2016-10-18 14:18

広島カープの優勝に学ぶ

ネクストビジョン ありまです。
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ついに広島カープが25年ぶりのセントラルリーグ優勝を果たしました。
広島に本社を置く会社経営者である私も、9月10日の東京ドームでの「歓喜の瞬間」は見逃しませんでしたよ!

「このたびはおめでとうございます。」
広島ではこの言葉で始まる商談がしばらく続きそうです。

私にしては“がら”じゃあないのですが、今回はそんな広島カープについてちょっと語りたいと思います。
広島の方にとっては当たり前のことかもしれませんが、よく知らない人のためにまずはカープの涙・涙の歴史をざっくりご紹介。

カープは戦後間もない1950年に広島復興への夢と期待を背負って創設。丁度その頃は一気に球団数が増えていた時期でもあり、選手の取り合いも激しく、資金力のないカープは何度も球団存続が危ぶまれたほど苦しんでいたようです。

しかし市民の“樽募金”や監督選手による試合後の後援会への挨拶回りなど、涙ぐましい努力で、その苦しい時期をしのいだのです。

ですが創設からの25年間、万年Bクラス(Aクラスは3位が一度だけ)。しかも1972年からは3年連続最下位。

そんな最悪な状況の翌年1975年、外国人監督のジョー・ルーツが就任。
ルーツ監督は「燃える色」としてヘルメットや帽子、チームロゴマークなどを赤に変更させました。
するとチームは初の優勝!これにより「赤ヘル旋風」という言葉が定着したのでした。
(ルーツは15試合で退団、初の優勝を導いたのは古葉監督)

突然の「赤いヘルメット」というインパクトも、26年目の初優勝のインパクトも強力なもので、面白いのはそれらが同時に突如現れたことです。
それまで平凡な弱小チームが突如「赤ヘル=強いチーム」として全国民に知られることになりました。カープといえば“赤”という強力なブランドを手にしたのです!

その後、1991年までの16年間は黄金時代。なんと優勝5回、Bクラスは2回しかありません。再び今回優勝するまでの25年間、長い長い辛い時期を歩んできたのです。
FA制度や逆指名制度など、カープで育った実力を持った選手を資金力ある球団がかっさらっていく。そんな状況が慢性化していたからです。

それでもカープは地道に自ら選んだ選手を「自らが育て続ける」という姿勢を貫いてきました。

育った選手がFAで出て行っても歯を食いしばって、そのポリシーを守ってきました。

今回の優勝で、カープのその姿勢が間違っていなかったことが証明されたと思います。
一度は涙ながらに去った黒田が、新井が、お金のためではなく、「カープ愛」ゆえに戻ってきて、若い選手の意識を変えました。プロとして、職業人として「お金以上に大切なものがここにはある」ことを示してくれたのです。
そして今回、優勝することができたのです。

これまで広島市民球場の建設も改築や移設の度に“樽募金”を行い市民が助けてきました。黎明期から何度も広島市民が助けてきた歴史があります。まさに「わしらのカープ」なのです。

球場で、ファンが真っ赤に染まった情景はすごい迫力で圧倒されてしまいます。球団とファンが一体化した様なうねるような「赤」にパワーを感じます。
「赤」というインパクトカラー、「カープ坊や」という独特なキャラクター、「カープ女子」というネーミングなど、市民参画の形で自然発生的に「わしらのカープ」が育っているようにも見えます。

プロ野球チームの価値とは、その勝敗以上に、いかに「わしらの誇れる財産」になっているかどうかが大切なんじゃないかなと思います。カープの真の強さとはそこなんじゃないでしょうか。


新卒で入社してきて、手塩にかけて育ててきた社員たち。
技術を、ノウハウをひとつひとつ身に付けさせるのに多くの時間も手間もそして思いを注いできました。
でも中には目先の利益に目をくらまして去るものもいます。
それでも本当に大切なものがここにあるを知って歯を食いしばって頑張る社員もいます。それはまさに黒田や新井のようにです。

経営者として大切なのは、いかに「わしらの会社」として、お客様というファンを増やし、いかに「わしらの誇れる財産」となる努力するかではないかと思います。

「自ら選んだ社員を自ら育て続ける」

歯を食いしばってそれをし続けて、愛情のあふれる選ばれた仲間たちと共に、晴れのあかつきには歓喜の声をあげて旨酒を酌み交わしたい。
自分たちの会社を「わしらの誇れる財産」と見てくれる社員たちがいる会社は真に強いのです。

~勝ちにいくのが選ばれた者の運命~
~今ここで花と咲けよ~
~晴れのあかつき旨酒を酌み交わそう~
~栄冠手にするその日は近いぞ~

カープの歴史と自社の歴史とを重ねて、そのように考えています。<ちょっと涙>

ところで応援歌「それいけカープ」の詞は作詞家の有馬三恵子さんによるものですが、どうやら私とは血のつながりはないようでした。(笑)

~~~~~~~~~~~~~~~~~
カープ カープ カープ 広島
広島 カープ

空を泳げと 天もまた胸を開く
今日のこの時を確かに戦い
はるかに高く はるかに高く
栄光の旗を立てよ

カープ カープ カープ 広島
広島 カープ

勝ちにいくのが 選ばれた者の運命(さだめ)
一投一打が勝負のすべて
闘志をつくし 闘志をつくし
今ここで花と咲けよ
カープ カープ カープ 広島
広島 カープ

鍛え抜かれた 精鋭の技と力
その意気愛して 見守るわれらの
あしたへ続く あしたへ続く
きりのない夢であれよ
カープ カープ カープ 広島
広島 カープ

晴れのあかつき 旨酒を酌み交わそう
栄冠手にする その日は近いぞ
優勝をかけて 優勝をかけて
たくましく強く踊れ
カープ カープ カープ 広島
広島 カープ

(^O^)/
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# by hoehoe5963 | 2016-09-19 23:43

がんばった日本!リオ・オリンピックに学ぶ。

ネクストビジョン ありまです。
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リオ・オリンピック、日本勢の活躍は素晴らしいものでした。
金12、銀8、銅21と、獲得したメダル総数41は史上最多。感動のシーンも沢山あり、4年後の東京オリンピックが本当に楽しみになってきましたね。

今回のオリンピックで特に素晴らしかったのは、個人競技よりも団体競技の強さでした。
あのボルトもビックリさせた400mリレーや、卓球、水泳、バトミントン、体操もそうでした。

一人の力は弱くても「力を合わせれば偉大な力」を発揮できる。
皆で団結し、絆という力で勝利することができるのだということですね。
日本人の強みなのでしょか。

やはりスタンドプレーよりチームプレー。個人主義よりも集団主義。
日本での企業経営も「みんなで取り組む」活動の方が得意なのです。

女子バレーや卓球など色々な試合のシーンをみていてい特に感じたのは、メンタル面の強さや弱さでした。
強い相手に向かって「立ち向かう時のパワー」は強力でした。
怖気づかず、果敢に望んでいく姿勢も共感でき応援したくなります。

ところがいざ優勢なときに限ってミスが連発します。
「勝ってる」と感じた瞬間に現れる気のゆるみや慢心がでるのか、アッという間に崩れてしまう。そして「ダメダメな空気」が流れるのです。

バトミントンの女子ダブルスは最後の最後で大逆転して初の金をもたらしました。
劣勢になっても相手に望む姿勢が維持できていていたからこそ「立ち向かう時のパワー」が発揮できたのだと思います。

企業経営をしていてもでも同じようなことを感じさせられます。

経営が上手くいっているときは慢心になっていく。徐々にサービスの劣化が始まりいずれ大きなミスを連発するようになっていく。
なにくそと目指すモノがあって上を目指しているときには「立ち向かう時のパワー」が発揮できるもの。
劣勢になったとしても「ダメダメな空気」を打ち消すだけの強い姿勢をもつこと。

それには集団として一体となってその気持ちを一つにすること。「連帯感」や「絆」が偉大な力を発揮することになるのだとおもいます。

本当にうまくいっているときというのは、実は成功した時ではなく、「みんなで」成功を目指して本気で取り組んでいる時なのかもしれませんね。


4年後の東京オリンピック、とても楽しみにしています。
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# by hoehoe5963 | 2016-08-23 08:42

酪農IT企業の終焉!?

ネクストビジョン ありまです。

生産性の名のもと、「服装自由」「フレックスタイム制などの導入で勤務時間自由」
「挨拶・礼儀などビジネスマナーに厳しくない」「固っ苦しいことは何一ついわれない」
なんていう会社。

これを「酪農企業」と呼ぶそうです。

b0019750_16325085.jpg酪農とは放牧。
牛を自由にさせて乳を出させる。いい乳さえ効率よく出してくれれば何しててもいい。
だが、いい乳がでなくなったらバッサリ殺処分です。

「酪農企業」とは、自由を売り物に技術者を自由にさせておきながら、
いい製品が作れなくなったり生産性が上がらなくなったらバッサリ・・・。
そんな企業のことをいうのです。

「自由にしてていいよ」なんて言ってくれる会社は、一見いい会社に思えますよね。
でも、技術者が一生いい製品を作り続けられ、生産性を発揮し続けられるならいいのですが、
そうでなくなったらその先どうなるのでしょう。

いずれ将来は管理職になってもらったり、営業や担当責任者として
お客様に直接関わる仕事をしなければならなくなるかもしれない。
そんな時のために普段から社会人として必要なルールやマナーが身に付いていなくて
本当にそれで大丈夫なのでしょうか。

私はこれまで多くの人の採用面接をしてきました。

わが社はIT企業ですから当然、SEやプログラマーと呼ばれる技術者の採用面接を
行ってきたのですが・・・

・挨拶やお辞儀が下手。
・名刺交換の仕方も知らない。
・スーツの着こなしが不自然。
・しゃべり方、敬語。なんか変。

結構お会いすることがあります。
そんな人に限って、昔作ったシステムの自慢話は上手だったりして…。

いくらすごい技術力があっても、人として通用しない人はNGです。
技術者なのだから技術力があるのは当たり前です。
大切なのは技術者である前に、
「開発者」として「社会人」として「人」として認められるかどうかですよね。

私は、会社が社員として採用し迎え入れたからには、
『その人の将来の人生を見守る責任がある』と考えています。

だからこそ、エンジニアとしての技術力だけではなく、
『社会人として必要な考え方やマナーや良識を身に付けてもらわなければならない。』
そう思うのです。
だから時に厳しいことを言うこともあります。激しく叱ることもあります。

酪農IT企業で長らく放置された環境に慣れていた技術者から見れば、
インパクトがあることかもしれません。
でも、何も言われないより言われることの方が絶対にいいに決まっています。

優しいという字は「人を憂う」と書きます。
相手の将来を案じ憂う気持ちが「優しさ」といえるのです。
何も指摘されず、放置されることが「優しい」ことでしょうか!?
ましてや家族に最も近い存在ともいえる同じ釜の仲間達を、どうして放置できるものでしょうか。

東京で知り合ったIT企業の多くの社長達いわく、「酪農IT企業」は
これから東京でも淘汰され消滅していくだろうとのこと。

これからは技術者であっても、一人の社会人として世の中で生きていくために
本当に必要なことを教えてくれる会社が必要とされているのだと。
だから「叱れる会社」が必要なのです。

そんな会社にお客様からの信頼は集まるものです。
社員一人一人の将来を見据えた会社運営をしていきたいものです。
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# by hoehoe5963 | 2016-07-19 15:23


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